2015年4月21日火曜日

前回のあらすじ 03

『心(こころ)』 前回のあらすじ

■第三回(2015年3月21日) /「先生と私 十七から二十三」
 
「私は嫌はれているとは思いません。嫌はれる訳がないんですもの。然し先生は世間が嫌いなんでせう。だから其人間の一人として、私も好かれる筈がないぢゃありませんか。」
あるとき先生の奥さんと先生について話をしたとき、奥さんはこう結論づけた。それでも、先生の世間が嫌いになった理由として思い当たる事は、ある一つを覗いて他に思いあたらなかった。
「先生がまだ大学にいた時分、大変仲の好いお友達が一人あったのよ。其の方が丁度卒業する少し前に死んだんです。変死したんです。然し人間は、親友を一人亡くした丈でそんなに変化できるものでせうか。私はそれが知りたくって堪らないんです。其処を貴方に一つ判断して頂きたいと思ふの」
私の判断は寧ろ否定に傾いていた。

冬が来たとき、私は偶然国へ帰らなければいけなくなった。母から受け取った手紙の中に、父の病気の経過が面白くない様子を書いていた。珍しく風邪をひいていた先生に要る丈の金を一時立て替えてもらい、その晩の汽車で東京を立った。

国に戻ってみると、父の病気は思ったほど悪くなく、私は先生に手紙を書いて恩借の礼を述べた。最後に先生の風邪についても見舞いをつけくわえた。
父は病気の性質として、運動を慎まなければならないので、床を上げてからも殆ど戸外へは出なかった。退屈な父の相手として将棋の盤に向かいながら、私は東京の事を考えた。私は国へ帰るたびに、父にも母にも解らない変な所を東京から持って帰った。無論私はそれを隠していたが、出すまいと思っても何時かそれが父や母の眼に留まった。私は冬休みの尽きる少し前に国を立つ事にした。

東京へ帰り、早速先生のうちへ金を返しに行った。先生も奥さんも父の病気について色々懸念の問を繰り返してくれた上、こう付け加えた。
「然し人間は脆いものですね。いつ何んな事で何んな死にやうをしないとも限らないから。よく、ころりと死ぬ人があるぢゃありませんか。自然に。それからあっと思ふ間に死ぬ人もあるでせう。不自然な暴力で。」
先生のいった自然に死ぬとか、不自然の暴力で死ぬとかいふ言葉も、その場限りの浅い印象を与えた丈で、後は何等のこだわりを私の頭に残さなかった。