2015年3月30日月曜日

『こゝろ』第4回@マレビト

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読み物:『心(こゝろ)』夏目漱石 ー先生と私ー
日 時:2015年4月25日(土)19時~ 1時間ほど
場 所:MAREBITO(中央区新川1-3-23/八重洲優和ビル5F-A) 
入場料:1,000円
定 員:10名 
要予約:okayasukeiko@gmail.com
朗 読:岡安圭子
Drink :堤純一 ※ドリンク代は別料金です
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「以前はね、人の前へ出たり、人に聞かれたりして知らないと恥のやうに極(きまり)が悪かったものだが、近頃は知らないといふ事が、それ程の恥でないやうに見え出したものだから、つい無理にも本を読んで見やうといふ元気がでなくなったのでせう。まあ早く云えば老い込んだのです。」
ー『心(こころ)』先生と私 二十五よりー

「先生」がいくつなのか、と朗読会後にお客さんと話していた事があります。きっとこの場にいる我々と同じくらいか、あるいは少し年下かもしれないね、と誰かが言って、一同ハッとしました。それが正解に近いかもしれない、でも最後には「朗読を聴きながら各々が想像していた先生の年齢」があるから、それはそのままにしておこうね、という結論になりました。私も、あまりいろんなことを調べたりせず、不勉強のまま会に臨むことにしています。それで見えてくることもあるのです。

朗読会後にみんなであれやこれや、『心』の話だけじゃなくて自分の生活の事、お天気の事、たくさんのおしゃべりをします。それが何より贅沢な時間になっています。私一人の力だけでは作れない、すばらしい時間です。

お時間ございましたらぜひお立ち寄りください。


2015年3月25日水曜日

『こゝろ』第3回 終了しました。

早くも第三回目の『心(こころ)』朗読会が終了しました。ご来場くださった皆様、ありがとうございました。会の後もびっくりするようなおかしなハプニングがあったりして、初対面の方も多かったのになんだか和気あいあいとする時間が嬉しかったです。

次回は4/25(土)。まだまだ続きます。



毎回朗読前に撮っている「徒歩5階」の写真です。朗読家でよかったな、と思うのは、荷物がとっても少ない事(テキスト1冊!)です。


会場となるマレビト、暗闇でも良い雰囲気を醸し出しています。


今回の夫婦キャンドル前コーナーはお米農家山崎ご夫妻。夫婦とはなんぞや、を炎を前に語り合い、思わず西の言葉が飛び交っていました。

会の後の飲み会も定例にしようかな?よろしければおつきあいください、事実は小説より奇なりな出来事が起こる、かも?


2015年3月19日木曜日

前回のあらすじ 02

『心(こころ)』 前回のあらすじ

第二回(2015年2月28日) /「先生と私 九から十六」 

私の知る限り先生と奥さんとは、仲の好い夫婦の一対であった。座敷で私と対座しているとき、先生は何かの序でに「おい静(しづ)」と何時でも襖の方へ声を掛けたが、その呼び方が私には優しく聞こえた。返事をして出てくる奥さんの様子も甚だ素直であった。
言逆ひのようなものを耳にしたこともあったが、しかし先生と奥さんの間に起こった波乱は大したものではないことはすぐにわかった。先生はある時こんな感想すら私に漏らした。
「私は世の中で女といふものをたった一人しか知らない。妻以外の女は殆ど女として私に訴へないのです。妻の方でも、私を天下にただ一人しかない男と思って呉れています。さういふ意味から云って、我々は最も幸福に生まれた人間の一対であるべき筈です。」
先生は何故幸福な人間と言い切らないで、あるべき筈であると断ったのか。私は心の中で疑ぐらざるを得なかったが、其疑いは一時限りで何処かへ葬られてしまった。

或時花時分に私は先生と一所に上野へ行った。そうして其処で美しい一対の男女を見た。「新婚の夫婦のようだね」と先生が云った。「仲が好さそうですね」と私が答えた。
「君は今あの男と女を見て、冷評(ひやか)しましたね。あの冷評のうちには、君が恋を求めながら相手を得られないといふ不快の声が交じっていませう。恋の満足を味わっている人はもっと暖かい声を出すものです。然し・・・然し君、恋は罪悪ですよ。解っていますか」
先生はそれぎり恋を口にしなかった。

またあるときには、若さ故に一途になりやすい私に対して、先生がこういった。
「あまり私を信用してはいけませんよ。今に後悔するから。かつては其人の膝の前に跪づいたといふ記憶が、今度は其人の頭の上に足を載せさせようとするのです。私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥けたいと思ふのです。私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代わりに、寂しい今の私を我慢したいのです。自由と独立と己とに充ちた現代に生まれた我々は、其の犠牲としてみんな子この淋しみを味はわなくてはならないでせう。」
私はこういう覚悟を有っている先生に対して、云うべき言葉を知らなかった。

あるとき、先生の付近で盗難に罹ったものが三四日続いて出た。そこへ先生がある晩家を空けなければならない事情が出て来て、留守に番を頼まれた。まだ灯の点くか点かない暮方の頃、長火鉢に鉄瓶が鳴っている茶の間で奥さんに茶と菓子をご馳走になった。自然と、先生の話になった。


2015年3月3日火曜日

『こゝろ』第3回@マレビト

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読み物:『心(こゝろ)』夏目漱石 ー先生と私ー
日 時:2015年3月21日(土)19時~ 1時間ほど
    ※今月は、最終週ではありません。
場 所:MAREBITO(中央区新川1-3-23/八重洲優和ビル5F-A) 
入場料:1,000円
定 員:10名 
要予約:okayasukeiko@gmail.com
朗 読:岡安圭子
Drink :堤純一 ※ドリンク代は別料金です
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私はまだ其後にいふべき事を有っていた。けれども奥さんから徒らに議論を仕掛ける男のように取られては困ると思って遠慮した。奥さんは飲み干した紅茶々碗の底を野簿いて黙っている私を外らさないように、「もう一杯上げませうか」と聞いた。私はすぐ茶碗を奥さんの手に渡した。
「いくつ?一つ?二つ?」

ー先生と私 十七より抜粋ー


物語のクライマックス、悲劇が語られる事の多い『心(こころ)』ですが、大人になってから読むと、あの章もこの章も細部がしっかり面白い。夏目漱石ってすごいな、もっと知りたいな、と今更ながらに思います。
毎月何話かづつ、物語をゆっくり進めていきます。どうぞ、お時間ございましたらこの地味な企画におつきあいください。美味しいお酒と古道具とともにお待ちしております。


2015年3月1日日曜日

『こゝろ』第二回終了しました

『心(こころ)』朗読会 第二回、無事に終了致しました。ご来場くださった皆様、お気遣いくださった皆様、ありがとうございました。


 
今回JTが用意して下さったブルガリアワインは、まろやかな味、甘い味、飴みたいな味、とあちこちでいろんな感想の言葉が聴こえました。とても美味しかったです。
 
蝋燭は、まずは大輿さんの櫨(はぜ)ろうそく。大きな炎が揺れるのをただただ眺めていたくなりました。朗読会の終盤、役目を終えて最後消えかけるときに、会場のあちこちに灯したそれぞれの蝋燭が「じじじ・・」と微かな音で鳴るのを、私もお客様もとても耳心地よく感じました。
卵の形のころんとした方の蝋燭は、海谷さんが手作りしてくださったもの。卵の中に溶けた鑞が湖面のように光ってきれいでした。
銀のお皿の上で離れて灯していたこのふたつの蝋燭が、だんだん溶けてひとつになっていく様は面白かったなぁ。
 
『心(こころ』はまだまだ続きます。
前回までのあらすじもご用意します。
こちらは第一回分→http://okayasukeiko.chicappa.jp/blog/?eid=60
昨夜の第二回分も近々アップします。
 
次回は3/21(土)に。(※月末週ではありません。)
お時間ございましたらどうぞお立ち寄りください。



前回のあらすじ 01

『心(こころ)』 前回のあらすじ

■第一回(2015年1月31日) /「先生と私 一から八」 
「私」が先生と知り合いになったのは鎌倉である。そのとき私はまだ若々しい書生で、暑中休暇を利用して海水浴へきていた。一緒に来ていた友人は先に帰ってしまい、一人。毎日海へ入りに出掛けていた。その海で、人に溢れた砂の上に先生を見つけ出した。最初は一人の西洋人の白い肌が目にとまった、そしてその人と一緒にいたのが先生だった。
私は毎日退屈していたので、翌日も先生と会った時刻を見計らって出て行った。その翌日も、あくる日も。そうしているうちに、初めて言葉を交わした。一緒に海へ入っていって、波の上に寝た。「先生」と呼ぶようになった。

月末に東京へ帰った。鎌倉の景色と一変して、初めは大都会の空気が新鮮に感じ、鎌倉の気分がだんだん薄くなってきた。しかし一ヶ月もすると私の心に一種のたるみが出て来た。また先生に会いたくなった。
先生のうちを訪ねると、留守であった。その次も、また留守であった。奥さんらしい美しい人が出て来て、先生の出先を教えてくれた。先生が毎月花を手向けに行くという雑司ヶ谷の墓地へ、私も行ってみることにした。

墓地のすぐそばにある茶店から先生が出て来た。「先生」と声をかけると、先生は立ち止って私を見た。落ち着いてはいたけれど、その表情に曇りがあった。私は、私がどうして此所へきたかを先生に話した。墓の間をぬけながら、大きな銀杏の木下を通った。先生は、友人の墓がある事を教えてくれた。

私はそれから時々先生を訪ねた。先生はいつも静かであった。初めの頃に感じていた近付き難い雰囲気は、それゆえに「どうしても近づかなければならない」という強い働きに変わっていった。あるとき、墓参りに一緒に連れて行ってほしいと申し出たおり、先生の眉間に曇りが差した。雑司ヶ谷の墓地で声を掛けたときも全く同じ表情をした。不思議に思ったが、そのままにして打ち過ぎた。今考えると、その私の態度がゆえに、先生と人間らしい温かい付き合いができたのだと思う。もし私の好奇心が先生に向かって研究的に働きかけたなら、二人の間を繋ぐ同情の糸はふつりと切れてしまっていただろう。

私は月に二、三度先生の宅に訪ねるようになった。先生の交際の範囲は極めて狭く、私の来るのを不思議に思っていた。何時の間にか食卓で飯をくうようになり、自然の結果、奥さんとも口を利くようになった。
あるとき私は先生のうちで酒を飲まされた。そのとき奥さんが出て来て傍で酌をしてくれた。
「子供でもあると好いんですがね」と奥さんは私の方を向いていった。私は「そうですな」と答えた。しかし私の心には何の同情も起らなかった。子供を持った事のないその時の私は、子供をただうるさいもののように考えていた。
「一人貰ってやろうか」と先生がいった。「もらいッ子じゃ、ねえあなた」と奥さんはまた私の方を向いた。
「子供はいつまで経ったってできっこないよ」と先生がいった。
 奥さんは黙っていた。「なぜです」と私が代りに聞いた時先生は「天罰だからさ」といって高く笑った。